Copyright(C)2006 クラシック・インフォメーション All Right Reserved.
Sponsored by Amazon.co.jp
ヴェルディは当時ナポレオンの占領下にあった、
北イタリア・パルマ公国領のロンコレ村に宿屋の長男として生まれた。
貧しい家庭だったが、後援者の援助のおかげで作曲家を目指すようになる。
ミラノ音楽院へ入学を希望するが、入学年齢の上限を過ぎていたため音楽院の入学許可が取れなかった。
そのためヴィンチェンツォ・ラヴィーニャの個人指導を受ける。
1836年マルガリータと結婚。1839年ミラノに転居し
オペラ『サン・ボニファッチョの伯爵オベルト』をスカラ座で初演し、
一定の評価を得るが収入は少なく、翌年妻も病気で失う。
1838年、欧州随一の音楽出版社リコルディ社の編集者ジョヴァンニ・リコルディは
ヴェルディの作品の出版権を買った。以後彼の生涯に渡ってこの取引関係は続くこととなる。
1842年に彼の最初の成功作となった『ナブッコ』がミラノ・スカラ座で初演された。
このときアビガイーレを歌ったのはソプラノ歌手、ジュゼッピーナ・ストレッポーニで、
彼女はヴェルディの良き理解者であり、やがて彼の伴侶となり、1859年には二人は正式に結婚した。
1851年にはヴェネツィアで『リゴレット』が成功し、
1853年にはローマで『イル・トロヴァトーレ』が更なる大成功を収める。
しかし『椿姫』の初演では失敗を喫した。
ヴェルディはイタリアの国民的大作曲家となり、
その後ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の立憲イタリア王国の国会議員にまで選ばれた。
1872年には『アイーダ』がスカラ座で初演され大成功を収める。
この作品はエジプト総督の依頼によって作曲された。その後『オテロ』や『ファルスタッフ』などの作品を発表する。
彼は貧しい芸術家のための老人ホーム「憩いの家」を完成させたあと、
1901年にミラノで卒中のため亡くなった。彼の葬儀は非常に多くの参列者を集め、
25万人もの弔問客がイタリア音楽の最も重要な人物の一人に弔意を表した。
ヴェルディと妻は、「憩いの家」に埋葬されている。
生没年: 1813年10月10日 誕生
1901年 1月27日 没(享年87歳))
Giuseppe Fortunino Francesco Verdi
ジュゼッペ・ヴェルディ
| 主要作品一覧 |
| <オペラ> |
| ナブッコ |
1842年 |
| マクベス |
1847年 |
| リゴレット |
1851年 |
| トロヴァトーレ |
1853年 |
| 椿姫 |
1853年 |
| 運命の力 |
1862年 |
| アイーダ |
1871年 |
| オテロ |
1887年 |