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1929年、4人兄弟の長男として横浜に生まれた。父は山下汽船の船長だった。
1943年頃、横浜交響楽団に入団し、コントラバス奏者として毎週土曜日他YMCAホールで練習。
しかし戦争激化のため中断する。
1945年、終戦後すぐに東京音楽学校(現東京藝術大学)作曲科に入学。
伊福部昭に管弦楽法を師事。指揮法を金子登に師事。1949年、現在の同大学研究科に進む。
1951年、研究科を修了すると、同年8月に矢代秋雄、別宮貞雄と共にフランス政府給費留学生として渡仏し、
パリ・コンセルヴァトワールに入学。しかし1年で退学する。
1950年に作曲した『スフェノグラム』が翌年のISCM国際現代音楽祭に入選しフランクフルトで演奏され、世界的に認められる。
帰国後、1953年6月に芥川也寸志、團伊玖磨と共に「三人の会」結成。女優の桂木洋子と結婚。
1958年、「三人の会」第3回発表会にて『涅槃交響曲』を発表。
この曲は声明を模した男声合唱を取り入れ、さらに鐘の音をNHK電子音楽スタジオで
音響スペクトル解析した上オーケストラで再現した。このアイデアは「カンパノロジー・エフェクト」と呼ばれた。
1964年、テレビ朝日(当初は東京12chで放送)のTV番組「題名のない音楽会」開始。司会を務めた。
1970年、大阪で開催された日本万国博覧会にて音楽プロデュース。
万博開会記念TV番組(NHK、民放全局同時生放送)の司会も勤めた。
1976年、三島由紀夫の金閣寺 (小説)によるオペラ『金閣寺』作曲。
1981年、保守系団体「日本を守る国民会議」運営委員長に就任。
1986年、天皇陛下御在位60年奉祝パレード実行委員会委員長。同年、紫綬褒章受賞。
1997年4月10日午前8時45分、肝不全のため急逝した。
生没年: 1929年2月20日 誕生
1997年4月10日 没(享年68歳)
黛敏郎
| 主要作品一覧 |
| <オペラ> |
| 金閣寺 |
1976年 |
| <管弦楽曲> |
| 涅槃交響曲 |
1958年 |
| 曼荼羅交響曲 |
1960年 |
| BUGAKU |
1962年 |