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053

「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世はオーストリアのウィーンで
活躍した作曲家/指揮者/ヴァイオリニスト。
1825年、すでにウィンナワルツの作曲家として著名であった父、
ヨハン・シュトラウス1世の子として生まれる。
父は息子たちが音楽家としての道を歩むことには反対していた。
父の考えで大学では音楽とは関係のない経済学を専攻させられる。
当初は銀行員になろうとしていたが、音楽への夢を諦めきれず、
父に秘密でヴァイオリンと作曲を学ぶ。
やがて、父親に愛人ができ、家族内で関係が悪化。
やがて、父親は愛人と蒸発してしまう。後に父と同じく管弦楽団を設立。
たちまち、人気の楽団になり、父とはライバル作曲家となる。
父親が1849年に他界してからは、2つの楽団を合併し、人気を不動のものとした。

また、ヨハネス・ブラームス、フランツ・リスト、リヒャルト・ワーグナー、
ハンス・フォン・ビューローと親交を持っていた。

過労のあまり神経を病んでからは、
弟のヨーゼフ・シュトラウスとエドワルト・シュトラウスと共に指揮者として活躍。
父の名声、世紀末の風潮への社会的不安・商業演奏活動なども相まって世紀末のウィーンで一世を風靡した。

ヨーロッパ各地やロシア、アメリカへの演奏旅行、宮廷舞踏会、
1873年のウィーン万博など幅広く活躍、いづれも大成功を収めた。

1899年、肺炎のためウィーンにて没する。

生涯

生没年: 1825年10月25日 誕生
      1899年 6月 3日 没(享年73歳)

出身地: オーストリア/ウィーン

Johann Straus II
ヨハン・シュトラウス2世
主要作品一覧
<オペレッタ>
こうもり 1873年
<管弦楽曲>
美しき青きドナウ 1867年
ウィーンの森の物語 1868年
酒・女・歌 1869年
皇帝円舞曲 1889年
トリッチ・トラッチ・ポルカ 1858年
雷鳴と稲妻 1868年
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