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023

ノルウェー国民楽派とされるグリーグは、1843年6月15日にベルゲンで生まれる。
母よりピアノを学び、12歳の時には作曲を試みたりしている。

1858年、ヴァイオリニストのブルによって、その音楽の才能を見出され、ライプツィヒ音楽院へと進む。
そして1862年の卒業までの3年半を同音楽院で過ごす。

卒業の翌年、1863年には、デンマークのコペンハーゲンに移り、作曲家ニルス・W・ゲーゼに学ぶ。
ここで《ハ短調交響曲》、《ピアノ・ソナタ》、《ヴァイオリン・ソナタ第1番》などを作曲。
また、後にグリーグ夫人となるソプラノ歌手のニーナとも出会い、1867年に結婚した。

1867年には、クリスチャニア(現在のオスロ)のフィルハーモニー協会の指揮者と、
同地の音楽院の副院長に就任する。ここで、第10集まで続いたピアノ曲《抒情小曲集》の第1集を出版。
またその翌年には、グリーグの代表作となる《ピアノ協奏曲》の初稿が作曲される。

1870年にはイタリアにてリストに出会う。1876年には、詩人イプセンの依頼により、劇音楽《ペール・ギュント》が完成。

1877年から1880年まで、ベルゲン東方のハダンゲル地方に住む。次第に、民族音楽、民族楽器へ傾倒していく。

1885年にトロールハウゲンに住居を建てる。1901年頃より体調を崩し、
晩年は、病をおして各地へのコンサートに赴き、ブラームスやチャイコフスキー、
ドヴォルザークやディーリアスなどとも親交を結ぶ。

1905年のノルウェー独立を見届けた後、
1907年9月4日、ロンドンへの演奏旅行のためにトロールハウゲンからベルゲンの港へ向う途中で、64歳の生涯を閉じる。

生涯

生没年: 1843年6月15日 誕生
      1907年9月 4日 没(享年64歳)

出身地: ノルウェー/ベルゲン

Edvard Hagerup Grieg

エドヴァルド・グリーグ
主要作品一覧
<協奏曲>
ピアノ協奏曲 1868年
<管弦楽曲>
ペール・ギュント第1組曲 1888年
ペール・ギュント第2組曲 1891年
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