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034

1845年、フランス南部、ミディ=ピレネー地域圏のアリエージュ県、
パミエで教師だった父の元に一女五男の末っ子として生まれる。
幼い頃から教会のリード・オルガンに触れるうちに天性の楽才を見出され、
1854年、フォーレはパリの宗教音楽学校だったニーデルメイエール古典宗教音楽学校に入学する。
ここで師であったルイ・ニーデルメイエールの死後、
1861年に教師としてやってきたカミーユ・サン=サーンスに出会い、ピアノと作曲を師事した。
1865年に卒業。その後、レンヌの教会オルガニストなどの職を経て、
パリのマドレーヌ教会でオルガニストとなる。
1871年にはサン=サーンス、フランクらとともにフランス国民音楽協会の設立に参加する。

フォーレは1896年にマスネの後任としてパリ音楽院の作曲家教授となっており、
その教え子にはラヴェル、デュカスらがいる。

1905年、ラヴェルがローマ大賞を落選した、いわゆる「ラヴェル事件」により、
テオドール・デュボワの後任として音楽院院長となる(1920年まで)。
音楽院改革を行った結果《ロベスピエール》とあだ名されるようになったが、
このときの改革のうち入学前の生徒の教授との癒着を避けるため、
音楽院の外部者に入学審査を行わせたことは、
現在でも入学審査に必ず音楽院の外部者が加わっているというかたちで受け継がれている。
このように彼は優れた音楽教育者としても知られている。

晩年には、難聴に加えて高い音がより低く、低い音がより高く聞こえるという症状に悩まされながら作曲をつづけた。

1909年にはフランス学士院会員に選ばれる。
1924年11月4日、肺炎のためパリで没す。享年79。葬儀はマドレーヌ教会で『レクイエム』の演奏されるなか国葬が行われ、
パリのパッシー墓地に葬られた。

生涯

生没年: 1845年 5月12日 誕生
      1924年11月 4日 没(享年79歳)

出身地: フランス/パミエ

Gabriel Urbain Faure
ガブリエル・フォーレ
主要作品一覧
<管弦楽曲>
ペレアスとメリザンド 1898年
マスクとベルガマスク 1919年
<歌曲>
夢のあとで 1865年
<宗教曲>
レクイエム 1887年
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