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ブリテンはビートルズと並び、20世紀イギリス最大の音楽家とされている。
ブリテンは1913年、歯科医の父とアマチュア歌手の母のもとに生まれた。
5歳からピアノを、13歳から音楽理論と作曲を作曲家フランク・ブリッジ(1879〜1941)に学び、
16歳でロンドン王立音楽院に入学する。
またブリテンは、ウィーン留学してアルバン・ベルク(1885〜1935)にも学ぼうと思っていたが、周囲の反対によって頓挫する。
卒業後は、記録映画や劇の音楽などを手掛け、国際現代音楽祭にも数回入選を果たしている。
ブリテンの音楽は当時流行であった前衛の音楽とは違い、保守的な聴き易い音楽や教育的な音楽が多い。
しかし、ベルクに師事しようとしていたことを考えると、前衛的な音楽に興味があったことも伺える。
彼は猛烈な反戦主義者であり、イギリスが第二次世界大戦に参加することを悲しみ、
反戦・兵役拒否の意味合いで一時アメリカ合衆国に移住したこともあった。
1942年、戦火が拡大する最中、帰国する。ちなみに、この兵役拒否は「良心的兵役拒否」として公的に認められている。
1945年に作られたオペラ「ピーター・グライムズ」は彼の名声を一気に知らしめる作品となる。
この作品をはじめ、彼の作曲したほとんどの歌劇・声楽曲は、テノール歌手のピーター・ピアーズが歌うことを前提に作られており、
初演はほぼピアーズが担当している。ブリテンとピアーズは同性愛者であり、2人はサフォーク沿岸のオールドバラで暮らしていた。
この同性愛問題はブリテンの死後発覚し、イギリスでは大きな社会問題となった。
1948年からはオールドバラで現代音楽祭を主宰しており、
1961年には第二次世界大戦の全ての犠牲者のために「戦争レクイエム」を作曲した。
ブリテンは数多くの社会問題と正面からぶつかりながら、メッセージ性のある作品を多く残している。
1973年に心臓手術を受けてからは闘病生活が続き、1976年にピアーズに看取られて息を引き取った。
生没年: 1913年11月22日 誕生
1976年12月 4日 没(享年63歳)
Benjamin Britten
ベンジャミン・ブリテン
| 主要作品一覧 |
| <オペラ> |
| ピーター・グライムズ |
1945年 |
| ヴェニスに死す |
1973年 |
| <管弦楽曲> |
| 青少年のための管弦楽入門 |
1946年 |
| 戦争レクイエム |
1961年 |